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■■ ギャンブルの街からエンターテイメントシティへ ■■

スティーブ・ウィン
(Stephan.A.Wyinn)
25歳の時、小さなビンゴホールを父から譲り受ける。スティーブ
彼は、あるホテルの株を購入するが、ハワード・ヒューズの買収によって、4ヶ月で10倍になる。
それ以来、彼は、ハワード・ヒューズの買収を見込んだビジネスを展開し、大きな利益を上げ、31歳にして、ダウンタウンのカジノのオーナーとなる。
専属歌手の契約も取り付け、ダウンタウンに活気が出てくるが、その成功したカジノをあっさり売却。
1989年、ホテルの前で火山を噴火させると言う奇抜なホテル「ミラージュ」をオープンさせる。
ミラージュホワイトタイガーを使ったイリュージョンショー「ジークフリード&ロイ」の専属契約を結び、ショーステージも「見るショー」から「楽しませる」と言う、奇抜な物を取り入れたのであった。
ギャンブルだけでなく、全ての人々を楽しませる事が、集客率にもつながる事を彼は知っていたのである。

1993年、スティーブ・ウインは海賊をテーマにしたホテル「トレジャー・アイランド」をオープンさせる。ここでは、火山噴火より、更にエンターテイメント性を持たせた、本物の帆トレジャー船が火柱を上げ、海賊船と英国海軍と戦う「バッカニア湾ショー」をホテル前で無料で見させる。

1993年は、エジプトをテーマにしたピラミッド型のホテル「ルクソール」もオープン。
ステーブ・ウィンの、新しいエンターテイメントを持たせたホテルがラスベガスに新風を巻き上げ、他のホテルもスティーブ・ウインの求めたエンターテイメント性を追求する事となり、ラスベガスは、エンターテイメントシテイと急速に変化していった。
その仕掛人とも言えるのが、スティーブ・ウインかもしれない。

逆に、今まで賑わっていたダウンタウンのカジノから、客足は遠のき、現在のホテル群へと集まるのだった。
フリーモントその客足を取り戻そうと、ネオンサイン輝くダウンタウンのメイン通りに210万個の電球を付けたアーケードを作り、大音響の映像を映し出す「フリーモント・ストリート・エクスペリエンス」が1995年作られた。
以降、「ニューヨーク・ニューヨーク」「モンテカルロ」「ベラジオ」「マンダレイ・ベイ」「パリス」「ベネチアン」などなど、ギャンブルよりエンターテイメント性を持たせたホテルが次々と作られて行き、現在も発展を続けて行っている。




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