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■■ マフィア一掃作戦 ■■

ハワード・ヒューズ
(Howard Hughes)
航空、映画産業を中心とする一大グループを作り上げた実業家。
多くのハリウッド女優と浮き名を流し、33歳の時、世界一周飛行で、それまでの記録を半分に塗り替える。
42歳の時、ジャンボ機より大きな木製飛行艇(スプールス・グース)を作ったが、初飛行の失敗により、人嫌いになり、写真を撮られる事や、人と会う事を避けるようになった。

1966年、ラスベガスのデザートインホテルに1台の救急車が止まった。救急車から出て来た男は、そのままスイートルームにチェックインした。
そう、人嫌いになったハワード・ヒューズである。
彼は、前年、TWA航空を5億ドルのキャッシュで売却した税金対策として、カジノ&ホテル、航空会社、空港、テレビ局、ラスベガス近郊の鉱山、ありとあらゆる物を、そのスイートルームから電話一本で買収したのだ。それは、1年でラスベガスのホテル&カジノの4分の1を手に入れる勢いだった。
ハイローラー用に用意したスイートルームを長期間滞在されるのは、ホテル側に取って迷惑な事、そこで、部屋を移って欲しいと申し入れたところ、彼は、滞在中のデザート・インを、ホテルごと買い取ったのは、有名な話。
彼は、その後、約4年に渡り、スイートルームから電話一本で買収を続け、州政府が独占禁止法を施行するまで、買収は続き、ついには経済誌の世界長者番付1位となった。
もちろん、電話一本で買収したのだから、買収した物件を実際に見た事もないのは勿論の事、ホテルの従業員で、彼の顔を見た人はいないと言われている。
また、彼は、政治家との人脈を使い、1959年にネバダ州知事のグランド・ソイヤーが、カジノに秩序を与える為に作った「ゲーム委員会」にも働きかけ、1969年カジノライセンス法を改正し、大手企業の参入を促した。

このカジノライセンス法の改正と買収劇をきっかけに、他のホテルの経営者も次々とマフィアと手を切り、健全な経営になると共に、政府のマフィア撲滅運動で、金儲けがやり難くなったラスベガスを、マフィア自らが放棄し、それを期に、大手企業の進出で、次々とホテルが建設され、クリーンなラスベガスの誕生となるのであった。

1983年、スターダスト・ホテルのローゼン・タールと言う人物にまつわる、一連の殺人事件が明らかになった。彼は、自家用車に仕掛けられた爆破からかろじて逃げ、国外に姿を消した。
この事件を元に作られた映画が、ロバート・デ・ニーロ、シャロン・ストーン主演の「カジノ」。
映画もその車の爆破シーンから始まる。。映画の撮影は、リビエラで行われたが、カジノ経営とマフィアが密接な関係にあった当時の裏と表の様子を知る上でも、貴重な映画だ。

1980年代は、カジノ&ホテルの会計監査基準が一層厳しくなると共に、上場企業が株式市場のチェックを得た上で投資する様になると、完全にマフィアは撤退した。
とは言え、現在、アメリカで最も治安の良いラスベガスは、マフィアがいた当時の方が今より治安が良かったと言うから驚きである。



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